BEFORE 写真撮った時の露出がちょっと… ますます暗いムードになっちゃった。いや、ここまで悲しい状態じゃなかったと思うんですけど…
AFTER 朝の光の中でとったので、何かずいぶん変わっちゃったみたいに見えるなあ…まるで、中世から、ルネッサンスへの変化そのものって感じ。
すいません、いきなり結果から失礼いたします。
まず、私のアタマの中には、あるイメージが最初っからありまして、それは1800年前後の、蓋が歪んで反り上がった、明るい色のクルミの木が栗色に着色された後、所々黒ずんで、トップライトでテラっと光った所は金色、暗いところは殆ど黒に近いようなどす黒い茶色…全体に赤みの少ない黄褐色で…と言った感じだったんです。上の写真は工房のシャッターを開けて道路ギリギリまで引っ張り出して撮ったので、かなり私のイメージより明るいんですが、部屋の中ではもっと暗めに見えるはずです。いずれにせよ、光の方向によって表情を変えるのは木という素材の面白さでもあります。

もともと、ポプラは木肌の白い材で、クルミはそれよりだいぶ濃い色をしています。レリーフパネルはクルミである上に、ポプラより古く、かつては別の家具の一部(おそらく、この型のカッサパンカ)だったわけですから、その時のパーティナも残っており、まわりの色とはトーンが全く違っています。この色合いに全体を合わせて行くと、相当暗めになるはずです。
水性の染料で着色します。水性の染料にはツヤが全くありません。その後、ツヤ出しの為にゴッマラッカ(シェラックニス)や蜜蝋を塗るわけですが、その時の風貌がいまいちはっきり予測できません。たいていは明るい印象になるので、染料は少し強めに入れる方が無難です。

ゴンマラッカを3回塗りすると、こうなります。
ゴンマラッカ。英語ではシェラックと呼びます。インドやタイ原産のカイガラムシを乾燥させたものが原型です。カイガラムシはその小さな体のわりに紀元前から人間に目をつけられてしまった生き物で、当初は赤い染料を抽出する為に大量殺戮されていました。

一匹だけでうろうろしてるんなら、ちっちゃいから目立たなかったのに、この人達ったらものすごぉい集団で暮らしてるもんだから、見つかっちゃったんですねえ。ラック、っていうはサンスクリット語で“10万”という言葉から来てるんだそうですよ…私なんかだったら見つけちゃっても、もう二度と直視したくないし、全身鳥肌たってその場からダッシュで逃げますね。日本にもいるじゃないですか、枝にびっしり…
ぎょわー、だずげでー!ああっ、あんなものを養殖してる人達がいるなんて、信じられないー!
でも、いるんです。いてくれてありがとう、と言わなきゃいけません。その、インドやタイで育つプリプリと太った
ぐわー、キモチわるぅっ彼等をビッチリ仲良く貼り付いた枝からべりべりとこそぎ落とし、日陰でミイラにしてから煮立ったお湯の中へ…水に溶け出す赤が染料です。インドじゃシルクや皮革なんかを染めるんですって。
次は、色の抜けた彼等をガンガン加熱します。熱で溶けた樹脂成分(彼等が枝に貼り付いてちゅーちゅー吸ってた樹脂です)がトローッと出て来たら細かいふるいにかけて不純物(彼等の抜け殻とか枝の繊維)を取り除くんです。それを鉄板の上に流すと、冷えてうすーい塗膜になります。このパリパリした黄金色の膜をはがしてクシャクシャに割ったものが、イタリアでは最もメジャーに使われている、“質の悪い”ゴンマラッカであります。日本では手に入りません。
日本で手に入るのは高級品と見なされている、化学溶剤を使って、段階的に枝からひっぺがしたカイガラムシ・シートの構成成分を分解して行く製法で作られたものです。ワックス成分、色素、樹脂成分、これらを4段階くらいに調整し4種類くらいの製品として販売されています。どれも皆、イタリアの物と比べてクリアーです。塗膜は薄く、非常に硬質な艶が出ます。
おそらく、これに合う家具もあるんでしょう。実際、いわゆる鏡面仕上げ(フレンチ・ポリッシュ)をやる時なんかにはこっちの方が格段に綺麗に仕上がります。
でも、イタリア・アンティーク、さらにアルテ・ポーヴェラといったら、“質の悪い”(不純物も多い)イタリア製でなきゃ、別物になっちゃうんです。これは不純物+ワックス成分の含有量が多いため、ニスになった時の溶液は粘度が高く、透明ではありませんが、塗膜としてはべっこう飴みたいな色と艶を与えます。多分これがイタリア家具のちょっと甘ったるい、人懐っこい特質に繋がる一つの要因であると思われます。
ゴッマラッカが樹脂塗料としてイタリアにお目見えするのは1600年代、ストラディヴァーリがヴァイオリンの製作に用いた頃です。イギリスはインドに植民地があったんで、もうちょい早かったようです。しかし、当時はまだ蜜蝋とかオイルで仕上げるのが主流で、ゴンマラッカが本格的に普及するのは1800年に入ってから、ニトロベースの合成塗料がお目見えする1920〜30年頃まで、ということになります。
おお…脱線しちゃった、かな?ゴッマラッカの事をあんまりちゃんと書いた事がなかったので、この機会に乗じてしまいました。
では…

ワックスをかけて、ムシクイ穴も目立ちすぎる所はふさいで、だんだん陽も傾いてきた頃、カッサパンカの表情もちょっと黄昏れ気味になっていい味出してました。
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前回でカッサパンカのだいたい正体がわかりました。あと数年で、けっこう価値のあるアンティーク家具になる事でしょう。
構造は完全にリフォームしてしまいましょう。 まず、背もたれと肘掛け、安心して寄りかかれるようにしましょう。

ポプラのようにデリケートな材には、同じポプラかせめてモミや松など柔らかめの材で、ジョイントを作るのが一番です。
これはポプラ、古材ではないですが、本体もそう古い材ではなさそうなのでこれでもいけると思います。背もたれの長手が全てにジョイントのオスとなる板を埋め込みます。

箱側にも長い溝を掘って、そこへ背もたれを差し込むわけです。背もたれの反りもあるので、ぴったり直線ではまってくれないのが厄介でしたが、ここは緩すぎてグラグラするようでは絶対まずいので、かなり気を使ってきつめのジョイントを作りました。

肘掛けは背もたれと箱を繋ぐ重要な役目をする部分なので、ここでも正確さが要求されます。

直方体のブロックを上下両方に4cm深さまで突っ込んで、ジョイントの凸にします。
背もたれと箱が垂直になるように、材の曲りやねじれに合わせて背もたれ側と箱に穴をあけます。

背もたれとの接合は、穴に凸部を差し込んだあと、真横から2本ダボ釘を打ち込みます。ここには膠を使いました。

箱側との接合はダボ釘を使えないので、穴に差し込んだあと、箱の内部に突き出た部分に、杭を1本、凸部の断面に対して対角線状に打ち込みます。ここも膠は入れておきます。

背もたれの上部、冠板はダボ2本だけで刺さってたのですが、⌒中央が上へ持ち上がる曲りがあり、背もたれの上辺と密着しておらず、グラグラしていました。ここは特に大きな負荷が継続的にかかる部分でもないので、ダボを6本に増やし、曲りの為に隙間のあいていた部分を補修して、背もたれの上辺と密着するようにして、膠を使って止めました。
構造上の大きな問題は、これで解決したと思います。たまたま上手く行っちゃったので今はもうびくともしません。

まあ、他にもいろいろ小さな修理がありましたが、きりがないので、特に紹介しません。ま、例えば底板が縮んで割れてる、とか脚がグラグラしてる、とか… 大丈夫、全部直ってますよ。
あとは箱の蓋の開閉ですが、鍵と錠前はすでに損失していました。でも、型は錠前が収まっていた掘り込みなどから推測可能です。オリジナルより一回り大きいのをつけておきます。以前のはちょっと頼りない大きさのようなので…


結果、鍵穴の位置をずらさなければならないとか、枠の幅に収まらないので木片を足さなければならない、という問題もありましたが、大きい方が丈夫だし、かっこいい。

これが開閉システムです。蓋側には鉤状の出っ張りが付いていて、閉めると錠前の穴の中に入ります。


蓋を押すと、かちっと音がして、錠前内部では左上の写真のように噛み合います。開ける時は鍵を時計回りに回すと、右上のように噛み合わせが解除され、蓋は持ち上げれば開きます。
鍵がないと開かない…とも言います。鍵、兼ノブなんです。普段はつけっぱなしにしておく事をお勧めします。よっぽど開けられては困る場合のみ抜くことにするほうが無難でしょう。間違っても、鍵を中においたまま閉めないで下さいね。

という事で、これら一式、昔のまんまの素材とやり方で作られたリプロダクションです。もちろん、イタリア製。
さてさて、今回はずいぶんと駆け足で木工作業だけ紹介しました。残るは仕上げ。
かっこよくしてあげなきゃ…ね。
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カッサパンカの修復リフォーム、昨日に引き続き2回目。

…なのにも関わらず、いきなり黒いお洋服が…!
はい、全部剥がしちゃいました。
最初にこの家具をマッテーオの倉庫で見た時から、はがそうって決めてたんです。一目見て、古くないな、20世紀モノだな、というのは分っていても、何か引っかかるものがあったので買ったんです。何か変なんですよ、統一感がない… 全身真っ黒っていうだけで何とか一体感は保ってるみたいだけど。
そもそも、黒家具っていうのは、東洋の漆をイメージしてるんです。イタリアでは18世紀末、東洋との貿易が始まったヴェネツィアで、中国製の箱やお盆に塗られている漆のツルツルピカピカの効果をなんとか自前の材料で出そうとして、アニリンとサンドラッカ+ゴンマラッカという方法をあみ出したわけです。

それが19世紀初頭の第一回・黒家具ブームを引き起こすのですが、そのとき黒く塗られた家具ってインペリアル様式とか、成金地主のサロット用の応接セットであっても、このカッサパンカみたいなネオ・ルネッサンス様式の家具ってことはないでしょ…
写真は、アンギアリの大金持ちの家にある19世紀初頭の黒家具です。成金地主…私のアパートの大家さん、ごめんねっ もちろん我らがカッサパンカさんは20世紀初頭の第2次黒家具ブームのものだから、黒く塗られても時代的なつじつまは合うんですけど、何かね、違和感がありますよ。

真っ先に気になったのは、足です。

どう見たって、材の年齢が他の部分と違います。彫刻の質も、あの線描だけの肘掛けや、背もたれの上部、冠の部分の彫刻とは全く違う…これはクルミ材です。おもいっきり虫に喰われてます。それから、足を後ろから支えている木片、これだって相当古い別の家具の縁飾りかなんかを切って使ってるんです。…リサイクル家具、かもね。
とにかく、この黒い塗装が覆い隠してるものを全部明らかにしちゃいましょう。
いやあ…黒い塗膜をはがすのは容易なことじゃありませんでした。彫刻されてるところなんて細かい部分に入り込んでる黒ニスをナイフの先でいちいちほじくり返すんです。何度かキレそうになりながら、4日かけてやりました。それだって全部きれいに取れるわけじゃなく、目の粗い部分に染み込んだ黒は取りようもないし、装飾の細かい部分にはどうしたって黒い色が残ってしまいました。それは最初から分ってる事だったけど、黒いより、濃い色の木の家具にした方がしっくり来ると思ったんです。

かなり分厚い塗膜を除去したら、背もたれと、箱正面のレリーフパネルは細かい所もくっきり浮き出して、けっこうしっかりした腕の彫刻師が作った物である事が判ります。
これらと、背もたれ上部、冠板の装飾を比べてみると、悲しいかな、芸術センスの違いがあまりにも顕著でしょ?

さらに、一番上の写真で判るように、レリーフのパネルには以前既に着色された形跡があり、まわりよりかなり暗い色までにしかなりませんでした、それに材はクルミです。彫刻材として使われる木です。ただ、ムシクイ穴も沢山出て来ちゃった…
おもしれえ…、調べてみるもんですねー。
結局、レリーフパネルと脚は、ネオ・ルネッサンスの時代、1850〜60年頃の物で、この家具を組み立てた人は、パネルと脚だけ持っていて、そのパーツに合わせて他の部分を作ったのでしょう。それがたまたま黒家具流行の時期だったので、まとめて真っ黒にしちゃった。 ということでしょうか。
実は、保存すべきはむしろこれらの古いパーツだろうなー。とにかく、殺虫処置をちゃんとやって、パラロイドで補強しときましょう。後の新しい部分は構造だけしっかりリフォームして、後100年以上は頑張ってもらいたいものです。
さて、正体が判明したところで、今回はおしまい。また明日。
熱は下がったけど、何かだるい…。
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今日から、カッサパンカの修復を始めまぁす。
まずは分解をし直します。
展覧会場では特に問題もなさそうな顔してその場に収まっていましたが、実は手のつけようのない程壊れていたのでした。
このまま、カッソーネとして出しちゃおうかな、とも思ったくらいで…

この時は後ろで友達が抑えてくれてるので、何とか立ってますけど、背もたれはどのようにマウントされているのか、というと…

がーん。 こんなに大きな背もたれがたった2個のダボだけで直立したままでいられるわけがないでしょ。
でも、肘掛けが箱と背もたれを固定する役目もするわけだし、それがちゃんと役目を果たしていれば、ダボ2個でも何とかなるのかな????それじゃ、その肘掛けは…


こりゃあないですよう。背もたれとは、正面からクギ、背面からは太いビス2本でくっついてるだけ、これじゃ後ろへもたれるたびにクギや、ビスを抜く方向へ負荷がかかるじゃないの。さらに、ポプラみたいにデリケートな材に金属なんかで長年負荷をかけ続ければ、材はたまりません。
ネジ穴なんかすっかり広がっちゃって、全く利かなくなってました。
極端な例が、最近の通販なんかで売ってる家具、ランバーコアにビスをガンガン打って組み立ててあるから、スプルスなんて発泡スチロールみたいにスカスカな材はひとたまりもなく金属に削られてしまって1年保つか保たないか… てやつです。 が、ポプラはそこまで脆くはないので5年位は何とか頑張るでしょう。
やけにネジ穴が多いように見えます。すみません、私も展示の為の付け焼き刃で2〜3個さらに穴を増やした犯人です…

箱と肘掛けもこの有り様です。ダボ1本で刺さってるだけ。
このやり方も却下、却下…!
このダボは抜いてしまいましょう。φ15mm のドリルビットでダボの入ってるところをくりぬいてしまえば良いわけです。 3センチくらい肘掛けの底をくりぬいたとき、いきなり
ガリガリ・・・ おわわー!あわててドリルを引き抜いたけど、時すでに遅し、私の木工用ドリルの刃先は無惨なことに…
なんじゃー?クギでも入ってるのかな?おそるおそる穴の底を覗いてみると、穴の底は金属でできていました。???? なんとか取り出そうとして穴の底を広げてみても、金属板の全容は現れて来ません。それより、一体どこからこんな物を埋め込んだんだろう?

そのとき不気味なところに不気味なクギが2本…
引っこ抜いてみると、肘掛けはまっぷたつに割れ、そこには四角いナットが…!
ありえないー! この穴の大きさから見て、φ6mm程度の細いボルトで固定していた、のがオリジナルのやり方かよー。 当然、数年後にはぐらぐらになって、誰かがボルトの代わりにダボを使って修理したんだ…。 四角いナットかあ…20世紀の匂いが…趣きないよなあ…。がくっ…
時代が新しくなると、修復の定義である、“オリジナルを尊重する”と、“保存を目的とする”、が両立できないパラドックスを抱えてしまうケースが多くなります。便利な物が手軽に手に入るようになると、人間はバカになるのかな。
ええい、文句を言っても始まらないです。このカッサパンカはリフォームしない限り、保存不可能、ということです。どっちみち、黒い塗装は剥がしちゃおうと思ってるし。
今日はここまでにします…カゼひいちゃった。グスグス…ゲホゲホ…
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見出しではベンチチェストと書きましたが、彼女はカッサパンカちゃんといいます。
上の写真はアンギアリで撮ったもので、下の方は4月に銀座で3人展をやった時、ディスプレイ用に展示したものを撮りました。この時はその場しのぎに各パーツを何とか組上げただけの状態でしたが、
まあ、でも、それなりの環境の中では一応存在感を醸し出しておりました。
cassapanca= cassa(箱)+ panca(ベンチ)日本では長持がそれにあたりますが、正確には背もたれのない cassone (大きな箱)と呼ばれる家具の方がより近いです。イタリアでも後者の方がメジャーなので、カッソーネであってもカッサパンカと呼ばれ、その辺は混同されがちです。

左は両方ともカッソーネです。でも、座ったっていいんだからカッサパンカだっていいじゃん、という理由で両者ともカッサパンカと呼ばれることが多いです。

カッソーネやカッサパンカは本当に便利な家具です。季節毎の服をまとめて入れておいたり、使わないスリッパとか、靴とか、飲み物の買い置きとか…とにかく何でもつっこんじゃう。ソファみたいに座り心地が良いわけじゃないけど、クッションでも置いておけば結構くつろげるベンチとして使えるし。
便利なだけあって、家具としての歴史も古く、現存する最古のものはイタリアでは西暦300年代まで遡るそうです。まあ要するに、箱、ですから当たり前といえば当たり前ですね。貧しい農民はほとんど家具なんて持ってなかった時代にも箱ぐらいは持っていたわけで、カッソーネは質素な物から贅を極めた物まで、そのバリエーションの豊富であることでも、面白い家具といえます。

さて、我らがカッサパンカさんを見てみましょう。
黒い。です。アニリンというアルコールベースの染料を直接シェラックニスに混ぜたもので塗装されています。黒い家具が流行したのは過去に2回あります。1800年代初頭と1900年代初頭です。

右はWebで見つけたお友達です。ずいぶんとゴージャス!1860年ごろかな、バリバリのネオ・ルネッサンス様式を持つ凝った作りです。でも形はよく似てます。ただ、明らかな違いは肘掛けとか、縁とかの装飾が…
しょぼい… 
こういう、線描だけの装飾は1900年に入ってから、巷で行われるようになりました。いわゆる高級家具ではありません。庶民的なカッサパンカさんなのです!実際、材はポプラで軽いし、柔らかい材なので何かがガツンとあたればべっこりくぼんでしまいます。
しかし、私はこの手の庶民的な家具、アルテ・ポーヴェラが好きです。アルテ・ポーヴェラ(質素な、貧しい芸術)の家具にはたいていポプラやモミの木、栗、糸杉や松といった現地調達できる、生長の早い木が使われます。装飾彫刻には不向きですが、軽く、成形や着色が簡単であるという利点があります。ポプラはきれいな水辺に生息し、すくすくと真直ぐに成長します。小川に沿ったポプラの並木は夏には涼しい木陰を作り、秋の紅葉は金色の木漏れ日を地上に降らせ、常にその梢を見上げる者の気持ちを爽やかにしてくれます。
とりあえず、初見としては、このカッサパンカは1900年代初頭の黒家具リヴァイヴァルの時代、1910年前後に製作されたネオ・ルネッサンス様式を模したアルテ・ポーヴェラで、工場生産品ではない一点モノである。保存状態悪し。といったところですか。
しかし、何でまたネオルネッサンスなんでしょうねえ。…ネオ・ルネッサンス様式にしなきゃならない訳でもあったんでしょうか・・・?
という訳で、その検証は、また明日! おやすみなさーい。zzzzzz…
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私はもともと修復屋じゃなかった。
アンティーク家具になんかぜんぜん興味もなかった。
美大では絵画科専攻で、卒業後は立体へ移行して木を主に使ってた。突然思い立ってイタリアの国立美術学院に留学してみたら、そこはものすごい田舎の高校だった。14才の子供達と一緒に体育までやらされながら、言葉を覚え、ケンカのやり方を習い、人生を学び…、気付いたら10年、いつの間にか修復技術を仕込まれてしまっていた。

ちょっとだけ木工の知識と技術を勉強して、あとは美術三昧の夢の留学… を諦めるのに2年、しぶしぶ参加していたボランティアの文化財修復が日課になった頃には自分の工房を持っていた。

近所の年寄りの家具を直してあげたりしているうちに、町の人は私を修復家だと思い込むようになり、アンティーク家具屋からも仕事が来るようになった。学校を卒業してからも、なんか当たり前のように町の文化財と人の為に修復を続けていた。

アンギアリが好きだった。そして、何となく町にとって役に立っているような気がして嬉しかった。
ここでは、そんなことは起こらない。修復という仕事は好きだけど、必要とされていないのに固執するほど、アンティーク家具が好きなわけでもなかったのだ。イタリアへ行く前と同じように、自分の為や依頼主の為に制作する日々が続き、修復からは遠ざかる一方で、このブログだって何ヶ月ぶりに開いたのか…
エロサイトからのコメントやトラックバックがたまりまくっていて、悲しくなった。馬鹿野郎どもめ…!どういうわけでここへ来るんだ?


…とはいえ、私がここへ戻って来たのは、他でもない、その修復をやる為なのです。古家具回収屋のマッテーオのとこで買った真っ黒いベンチチェスト、いや、カッサパンカ。cassa(箱)+ panca (ベンチ)、日本では長持のことです。
目にとめて下さった方がいらっしゃったので、ちゃんと修復してみようかな、と。
工房に運び込んだ時、例のあの“おばあちゃんちの物置の匂い”が発散してて、ついニヤニヤしてしまいました。ムシクイの穴からは木屑がぽろぽろ… アンギアリから一緒に来たタルロ(木喰い虫)君達まで愛おしい…
でも、悪いけど死んでもらいますぜ。 やっぱり、けっこう嬉しかったりして…。
止まってしまったままの時間が目の前にあります。いつから止まっているのかは分りませんが、少なくとも、私がアンギアリにいた時と同じ姿でここにあります。このカッサパンカを新しい時間の中へ送り出してやるのが私の役目です。
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かくして
Vaglialle の
Tavolino 君は
この極東の地で再出発することになりました。
Mさん、大変お待たせしました。どうか末永く一緒にいてあげて下さい。そしてもしイタリアへご旅行の際にはアンギアリを訪れてみて下さいね。

仕上げは Gommalacca (シェラックニス)を2回、材のバサつきを抑える目的と、甘いあめ色を与える為に塗布しました。
そのあとさらに2かい、 Cera d'ape (蜜蝋)で磨きました。シェラックのいくぶん硬質な艶を、素朴で暖かみのある少しくぐもった艶にする為と、水にはめっぽう弱いシェラックの塗装面を保護するのがその目的です。
シェラック、蜜蝋、ともに樹脂系の塗膜は、虫を寄せ付けない効果もあります。ワックスがけは、数ヶ月に一度はやってあげることをお勧めします。蜜蝋の塗膜はシェラックのそれに比べて接着力が弱いので、特に天板などは頻繁にワックスを上がけしてあげた方がいいです。ちょっとお茶がこぼれちゃっても、シェラックの塗膜まで到達しなければシミになったりすることもないので。
うーん、それにしても、このひょろひょろとなびく脚…
この、危うい均衡が彼の持ち味です。
むしろ上に重いものが載っている方がいいかも知れません。しっかり接地していれば、4本の脚は見た目とは裏腹に強靭なので安定するでしょう。もちろん揺すれば多少は揺れます。その際負担がかかるのは脚の付け根、すなわちジョイント部です。そのジョイント部を含む枠は、強化されています。机を横に寝かせて脚をひっぱたくなどの強い衝撃を与えれば、引き出しのはまっている枠の細い部分を折ることもできますが、まさか、そんなことが起こるわけないと思うので、安心して使っていただいて結構です。
あんまり過保護にしてもつまらないので…。

錠前と鍵は、アンティークのリプロダクションです。当時と同じ素材と作り方で作られています。ただ、錆びた感じは“ヤラセ”です。でも、ピカピカの鉄じゃ、あんまりにもあんまりでしょ?

虫食い穴もワックスで埋めてあります。
Ciao, Tavolino..!
お別れだね!元気でやってくれい。君がこの先、どのくらい生きて、ぼそぼそと、でも力強く1800年代のイタリアと2000年代の日本を物語っていくのかは知りようもないけど、君の存在は政治家のクサいマニフェストなんかよりよっぽど真実で、私達にいろんなことを考える機会を与えてくれると思うな…。
君は、“物”だけど、歴史の中の人間の善い意志や精神、もしかしたらあまりいただけない人間の習性なんかが形作った一つの成果です。
人の手に成る“物”を保存しようとする理由はこれに尽きると思います。
その為の RESTAURO (レスタウロ)ー 修復です。
えへっ
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さて、全ての木工作業は終了しました。ここまでがいってみれば外科手術の工程でした。この先は総合エステティックの工程となります。
Sverniciatore (塗膜剥離剤)で先ず全身を洗ってしまいます。
この溶剤使用に関しては賛否両論あるようですが、200年も経た材の表面には、30~40年やそこらの汚れが覆い隠してしまうにはあまりにも貴重なサインが刻まれている可能性があり、それは
“オリジナルを尊重する”という、修復理論の根底に在る精神からすれば、先ずは“精査”という意味での溶剤による洗浄は必要と考えます。


例えば、この机には沢山の Stuccatura (パテ埋め)の痕があります。誰かがそんなに昔ではない時代に、虫食い痕や、材の裂け目を埋めたものです。このパテはポリエステルベースに土や石膏などの鉱物系の素材を混ぜたもので1900年も半ばになるとかなり普及しており、今だに市販されています。
古典的な Stucco (穴やヒビ埋め用のパテ全般の総称)は石膏にピグメントを混ぜて着色したものですが、乾燥後の縮みが大きいことや、周辺の材にシミが残ることなどの不利点があり、現在も改良が重ねられています。

ここで使われているパテは、“縮み”の問題をポリエステルという素材で緩和したものですが、数十年もすればある程度は縮んでしまうし、水ベースの染料が乗らない、という欠点もあります。左のような深い裂け目などへの使用は、時を経れば簡単にボロっと剥落してしまいますし、材の変色と共に白く目立つようにもなって来ます。
Stucco の最新バージョンは大きな体積でも縮みがなく、しかも接着効果があり、染料による着色も可能、という優れものですが、いかんせんまだ高価であります。私は、もうちょっと前のバージョン、2コンポーネントのもので、接着効果はないけど、収縮性無し、着色可能というやつを使います。あまり深くないひび割れや、小さな節など、構造的には問題のない箇所はそれで埋めてしまいます。でも、上のような深い裂け目はやっぱり、めんどくさくてもクルミの無垢材を象眼するとか、おがくずと糊を混ぜたパテで塞ぎます。

話が逸れましたが、溶剤で古いパテや汚れの層を一枚剥がすことで、浮かび上がってくる本当のパーティナは、


こんな手のこでゴリゴリ切った痕とかー

古いくさびが打ち込まれていた痕とか…
背負っている歴史を物語る小さなサインです。これらから、私たち修復師は
“あ、素人が自分の為に作ったものだな”とか
“この脚は元々もっと幅の広い分厚い板
(くさびの太さからして、何か別のごつい農機具か何かからのリサイクル板)をカットして作ったな”
なんて、まあ、どうでもいいっちゃあどうでもいい事を読み取るわけです。


精査が終わり、栗色の染料で、色を調整します。やっぱり殺虫処理はしておいた方がいいので、全体に殺虫剤を塗布するのですが、これは石油ベースなので揮発が遅いんです。しかも、雨が降ったり気温が低いと3日や4日じゃ乾きません。ちょっと乱暴ですが温風を当てたりして2日がかりで乾かしました。
Sverniciatore (溶剤)は殺菌効果もあるので、引き出しの中にも使いました。でも、染み込んでしまったインクはとれません。引き出しの底にはきれいな紙や布を敷いてあげて下さいね。
新しいオーナーのMさんは、この引き出しの錠と鍵についても、最初は“不便でもいいから古い鍵穴を保存してあげたい”と仰って下さり、私とTavolino はカオを見合わせて、“いい人みたいだよ、良かったねぇ”と言ったもんです。
でも、Tavolino は、いつもお留守だった錠前用の凹みに、やっと収まるべきものが収まるのも悪い気はしない、といった面持ちだったので、古い鍵穴はいったん塞いで錠前を付ける事にしました。
ほら、鍵穴がずらされた、という事実はしぶとく残ってます。
善くも悪くも、彼に起こった出来事です。今回の修復過程で見つけたくさびの痕のようなものなんです。
さてさて、ここからはちょっとしたマジックです。あのおんぼろ机はちゃんとあるべき姿になったでしょうか…。
完成写真はページ頭にしたいので、ブログを更新しまーすHP・
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コレにー

コレをー
載っけて固定する。
天板の表は、まあまあ平らです。ちょっと手前左側の角っこだけソンブレッロみたくぺろりんっと反り上がってますが、そんなに目立ったものでもなく、写真では判んないくらい…

しかしウラは… けっこう
ボコボコ なぜなら、4枚接ぎの板の内の一つは桑、ワインの樽木の1本をリサイクルしたものなので、中央が膨れてる(分厚くなってる)板です。コレって、やっぱり保存したいなあ。ウラが不格好でもいいでしょ?それより、桑の木が1本クルミに混じってるって、すごくトスカーナっぽいんです。あの辺のワインの樽は桑なんで…
それに、これを鉋がけして真っ平らにするなんて暴力はいやだし。それじゃ、枠に当たるところだけ、ちょっと削ったりして。

これで天板がバコバコしなくなりました。でも、ちゃんと固定しないといけません。前はクギを天板の上から、あの薄い枠に打ち付けてあったわけですが、結果は4枚の板が各々暴れて反ったり結合が剥がれてしまったり、枠だって、クギが錆びて膨れたものだから割れちゃって…

とにかく、生きてるものを無理矢理がんじがらめにするのは良い結果を生まないので、何か丁寧にお願いして、枠の上に止まってもらえる方法をとらなきゃ。
隅木を置いて裏からビス止めするやり方が一般的ですが、これは天板が比較的平らで、脚がしっかり太くて重い場合には有効です。でも、こんな頼りない細長い脚がついてるテーブルでは、天板を枠にぴったりくっつけようとすれば脚もつられて持ち上がってしまいます。結局接地が悪くなってしまうんですね。
天板に要求しなければならない事は、4枚が常に結合している事、今程度の平面性を維持してくれる事、枠から外れてしまわない事、それだけです。

らんらんらーん、かわいい木靴の行進。nottolo (ノットロ)っていいます。クリの古材でできてるのだ。
この子達とー

枠に取付けたL字のクルミ材。見えるかな、奥の方に引き出しの通路を避けて、枠に膠とビスで付けてあるんです。手前にある4つの隅木は枠と脚を補強する為の常套手段です。これも膠とビスで。強いわりに取り外しが簡単で、オリジナルの材を破壊しないで済みます。

ここへ、nottolo 達をビスで止めた天板が載るわけです。

下から覗くとこうなってます。
Nottolo はビスを中心にくるくる回ります。天板を外す時はこれらをまわしてL字の材から外すだけ。どれも軽く引っかかってるだけですが、8個のチカラはちゃんと天板を固定しています。材が湿度などの変化で呼吸し、動こうとした時、どの方向に対しても強要するチカラが少ないので、割れたりする事はないでしょう。

つい数日まではこんなガランとしたシンプルな枠だったのに…

何か随分といろいろしょい込んじゃって…。外からは見えませんけど。
文化財の修復においても、外からは判んなくても、裏側や材の中は殆どサイボーグ状態である事が多いんです。聖堂の扉や聖歌隊席など、数百年経った数百kgの木材を更に数百年生かす為、材の中に鉄骨を埋め込んだり、材のありとあらゆる動きに対応する為のボルトやスプリング…作業の最中は、新たに付け加えられて行く素材のあまりの違和感に戸惑いましたし、ここまでして、古物にしがみつく執念にちょっと食あたりに似た感覚を覚えたものです。
朽ちて行きつつあるものを、最終的には“朽ち果てるもの”として愛でる感性と、愛でる事によって“朽ち果てさせまい”とする感性では、おのずと“物”に対する態度が違ってきます。ヨーロッパ世界で保存・修復が、概念においても技術においても確立し、発展してきたのは紛れもなく、後者の感性によるものです。前者のそれに比べると、所詮抗い得ない力に対抗しようとする不様な人間の抵抗、といった感じですが、この対照には、日本とヨーロッパ・キリスト教圏の間における自然観、宗教観、果ては愛の概念にまで及ぶ相違が浮かび上がってくるようで、非常に興味深いと思います。
今でも私はネジという素材がこの手の古物に(たとえ見えない所であっても)使用される事自体を美しいとは思っていません。ただ、この小さな書き物机が生まれた時から刻み込まれてきた様々な人間の精神や意志を保存する為の手段として有効であるとは思うんです。
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今日は引き出しを見て見ましょう。


この引き出しは、前板以外はポプラ材が使われており、前板はクルミ材ですが、構造的に100年以上は保ちません。右の写真はひっくり返した状態ですが、このように底板が枠の上に釘付けにされています。これでは、材は身動きが取れず、結局は割れたり枠ごと歪んだりしてしまいます。
こいつをもう100年生かすには、別の構造にする必要があるでしょう…。 面倒ですが、その方がいいでしょう。

引き出しの開き干し
クギは全部抜いてー
割れや欠けは補修してー
両サイドの枠は1cmほど底上げして(材を付け足して)溝を掘っておきます。ここへ、底板をスライドさせてはめ込むためです。こうやっておけば、そこ板は溝の中に収まっている範囲内では自由の身です。


枠の後ろの板は、組継ぎなしの釘止めでした。底板が枠にべったり打ち付けられていた時はこれでも良かったのですが、今は枠だけでしっかり引き出しの形を維持してくれなければなりません。ジョイントを作ってあげました。
前板はやはり、開閉の度に力のかかる部分です。膠だけで組んでおくのは不安ですから、鉄のクギを抜いた後の穴に
木製のクギを作って打っておきます。

枠は膠を使って接着します。ボンドでやっちゃうと後で何か起きて、バラしてなおそうとしても厄介な事になるので、膠を使います。
さて、駆け足で補修の工程を説明しました。
ここで、前回、天板を補修しながら、古いクギ(断面の四角い、鉄を打ち出して作られたもの)の痕と、その後打ち直された初期工場生産製の釘について触れたこと、思い出して下さい。それで、この天板はかつて一度取り外されていた事が判りました。
何の為に天板を外す必要があったのでしょうか。
それはどうやら、引き出しをつける為だったようです。
修道僧、フラーテ・アントニオ(勝手につけただけです)はある日、使い慣れた古い書き物机に向かって本山に当てた手紙を書き終えて、ふと考えました。(勝手に想像してるだけです)“もし、この机に小さな引き出しでも一つあれば、こういう便箋やらインク壷をしまっておけるんだけどなあ”
そこで、寺男のルチァーノを呼んで、適当な板きれを探してもらうことにしました。
翌日、ルチァーノは、アンギアリの職人に見繕ってもらった引き出し用の端材を持ってやって来ました。
かつてはドレッサーかなんかに付いていたような引き出しの、鍵穴のある前板と、ポプラの板切れ数枚、これだけあれば立派な引き出しが作れます。
こうして、出来上がった引き出しは、鍵穴と錠前を埋め込む凹みはあるものの錠と鍵は付いていませんでしたが、とりあえず書き物机に設置することにしました。
先ず、天板を外し、正面の枠板を、引き出しがすっぽり収まるように切り取りました。フリーハンドで切ったので、向かって左側がちょっぴり下がり気味になってしまいましたが、まあ、これもご愛嬌です。
引き出しを滑らせる為のレールが必要です。けっこうアバウトな性格だった彼は、ごくシンプルにその辺にあったモミの角材を、前と後ろの枠板に下から打ち付けて渡すだけで済ませてしまいました。

さて、これで念願の引き出し付きの書き物机が出来上がったわけですが、問題は引き出しをどうやって開閉するか、です。把手をつけようにも適当な物がありません。
結局、今のところは保留にして、この部屋の鍵を共用する事にしました。
錠がなくても、鍵穴に入る鍵さえあれば、90度まわして引っ張れば鍵は前板に引っかかるので引き出しは開きます。慣れてしまうと案外便利な事に気付いたフラーテ・アントニオは、錠前なしの引き出しをけっこう満足して使っていました。
この話は全てフィクションであり、人名は実在する人物の物ではありません すみません、いい加減な事を…。こんな事もありうるかな、って事で…。
とにかく、この引き出しは使われている釘のタイプ(丸釘)が、天板に打ち込まれていた新しい方のクギと同じ物である事から、天板を取り外した原因であると思われます。
構造的にも、本体側の引き出しの“受け”はムリがあり、長年の使用に耐えられる物ではありません、明らかに後付けした物です。
錠と鍵は付いていませんが、これは、引き出しがこの机のために作られたときから無かったと思われます。この錠は鍵を回すと上へ鉄の板が持ち上がり、天板の裏、または引き出しがはめ込まれる枠に掘り込まれた凹みに入る事でロックされる仕組みなのですが、この机の天板の裏にはこの為の凹みらしき物すら見つかりません。この前板は、もっと古い時代の、別の引き出しからのリサイクルで、錠と鍵は既に消失していたと観るのが自然でしょう。錠前なしの鍵穴に別の鍵だけを入れて引き出しを開ける…これは錠前が壊れてしまった場合とかに実際、よくやるテです。この場合の鍵は穴に収まれば何でもよく、厳密には“鍵”ではなく“鉤”の役割を果たすわけですが。
そうなると、前板の裏側、鉄の鉤で始終ガツガツ引っ掻かれることになる穴の周りが摩耗していきます。この引き出しは軽くて小さいので、大きなダメージはありませんが、穴の周りは黒ずんで擦り減っています。もし、錠が在ったらこういう痕跡は残らないはずです。
この Tavolino 君は、1850年代に引き出し無しのごくごくシンプルな書き物机として作られ、1875年頃に引き出し付きのそれへリフォームされた。引き出しも、1875年頃に新たに制作された物でなく、かなり古い家具からリサイクルされた材を使っている。 という事が言いたかっただけなんですけどぉ…
でも、おもしろいでしょ?こんなちっぽけな机にいろんな人の存在が関わった痕跡が残ってるって。今は私が関わってるわけですが、あと1週間もすれば、Mさん、あなたがこのちっぽけな物の歴史に関与する十数人目(位かなー?)になるわけです。塗り替えちゃおうが、落書きしちゃおうが、焚き付けにしちゃわない限りは彼の歴史は更新され続けます。どんどん使い込んであげて下さいね。壊れたって私が生きてる限りは永久保障しますから、ダイジョウブ。
とはいえ最初から、壊れてもいいや、ってわけにも行きません。
引き出しを受ける、本体側の構造はこれじゃ使い物になりません。フラーテ・アントニオには悪いけど、リメイクします。外見は殆ど変わらないから、勘弁して。

引き出しのガイドとなる枠をクルミの古材で作ってあげました。この枠は引き出しのガイドとしての役割だけでなく、テーブル本体の枠組を補強するのにも効果的でしょう。
引き出しが滑ることになる、縦方向に置かれている材は、簡単に取り外せます。摩耗して引き出しの滑りが悪くなったとき、簡単に交換できるようになってます。
横方向の材、テーブルの前後の枠にくっついてるやつは、膠とネジで止まってます。これもオリジナルの材にダメージを与える事なく取り外せます。ただ、後ろ側の枠板は反りがひどくて、横棒がぴったり密着できない状態だったので、例のやり方で反りの修正をしました。

何だかんだ沢山やる事があります…。引き出しがちゃんと収まって、天板を乗っけてみて、やっと全容が明らかになってきました。後は、天板をどうやって枠に取り付けるか…けっこう厄介な問題です。ま、次回をお楽しみに、ってとこです。
Mさん、錠と鍵、どうしましょう。サイズの合うのは私、持ってるんです。ただ、鍵穴をずらさなきゃなりません。ご提案できる2つの可能性は、
1、錠と鍵をつけて、古い鍵穴を塞いで新しい鍵穴を開ける。
2、新しく把手を付ける。
…のいずれかですね…。把手をつける方をお望みでしたら、手持ちのサンプルの中から選んでいただけます。大した種類もないんですけど、一応アンティークのリプロダクションなので、とんでもなく違和感のある物じゃないと思います。
よろしくご検討お願いしまーす。
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