Lo Sverniciatore
ロ・ズヴェルニチァトーレ、はい、皆さんご一緒に、
“ロ・ズヴェルニチァトーレ”!
3回一気に言おうとすると舌をかみます。
伊和辞典を引いても出てきません。日本語に訳すと、“塗膜剥離剤”とでもいいますか、ペンキや、ニス、汚れ、とにかく木材や金属などの表面に形成された塗膜を溶かして浮き上がらせる溶剤で、その化学的正体は、“ジクロロメタン”が97%以上という組成の薬品であります。
じくろろめたん…いづれにしても舌をかみそうな名前ですね。
左がイタリア製、右が日本製。どっちもジクロロメタンが主成分のようですが、何が違うのか、イタリア製の方がかなり強力です。日本製の方は、エコロジックな側面をアピールして比較的最近お目見えした製品のようです。
そう、しばらく、ブログ更新してなかったから、もう皆さん忘れちゃったかしら、中央の扉の中についてでいろいろ気になっていたことがあって、結局柱を付け加えたり、したところで、大穴をあけてしまったんでした。その間、何してたかはまた後日触れるかも知れないってことで…
それでー、いわば、このタンスの一番特徴的な部分である、観音開きの扉の向うのスペース、ここの色だけが、やたらと赤黒くって、どうにかしたかったわけです。柱以外は全部モミの木で作られているので、外側とは元々木の色が違います。外側と同じような色に着色しようとして、多分クルミ色の染料を使ったんでしょう。“クルミ色”と表示してあっても、やたらと赤くて、マホガニーみたいなのもあるし、あんまり信用しない方がいいんです。色は、その木地の色に合わせて自分で配合して作るのが一番。
それから、だいたい、イタリアのアンティーク家具は殆どが、着色はウォーターベース、仕上げがシェラックー蜜蝋(ワックス)フィニッシュなんですけど、これは着色からオイルでやってる。オイルステン、って言うやつですね。モミの木みたいに樹脂分が強くて、木目も粗く柔らかい材は着色がまだらになり易いっていうのはあるとして、この黒くなっちゃった所は、樹脂が何かに反応したのかなあ。
とにかく色を変えるのは結構大変。ここまで赤が強いと、いったん全部塗膜を落とさないと無理だろうなあ…というわけで、ズヴェルニチァトーレの出動です。
このゼリー状の溶剤を塗布された材の表面からは、溶けた塗膜が、こう、
ブリブリと持ち上がってきます。それをへらで取り除いて行くわけです。ほーら、きちゃないオイルだか樹脂だか、汚れだか…なんか海苔の佃煮みたいなモノが
ベトベトと・・・う〜。
ズヴェルニチァトーレの使用に関しては、いくつかの問題が常について回ります。
まず、これを使う人間の体への毒性。もちろん、家具上には残るわけないモノなので、家具を使う人は関係ありません、一般的な意味での環境汚染も指摘されていません。念のため。しかし、これを頻繁に扱う我々にとっては、長期的な中毒を警戒しなければならないようです。この溶剤はまず、皮膚に付けば、焦げます。痛いです。まーねー、このチリチリ感がたまらん、とかいう変態もいたっけ…。
このほか、シェラックの溶媒であるアルコール、石油ベースの殺虫剤、パラロイドB72の溶媒アセトン、合成樹脂塗料を剥離する際の埃や塵、とにかく修復屋は体はってやってるのか、って感じ。アンギアリの老修復師、トニーノは、私の顔を見る度に、“コモト、マスク、手袋、ゴーグル、ちゃんと着けてるか?”って訊いたっけ。彼は81歳、この仕事は60年以上やっています。若い頃は、やっぱり、私みたいに、“んなもん、うざったくて着けてられないわよ!”と、せいぜい手袋ぐらいしかしなかったそうです。でも、年をとってから、様々な弊害が現れて、お医者さんからは職業病だといわれたそうです。骨の変形、血液の病気、視神経の麻痺、化学薬品の揮発性分を吸い込み続けた結果だそうです。…と、これだけコワい話を聞かされても、ついついめんどくさくって、マスクとゴーグルはいつも引き出しの中で新品同様。
ごめん、トニーノ、私はやっぱり、あなたの言う通り、una cretina (バカもの)であります。
ズヴェルニチァトーレは、修復には不可欠の薬品です。特に文化財修復には絶対不可欠です。しかし、ここでちょっと厄介な概念がその使用にブレーキをかける事があります。“パーティナ”の概念です。パーティナ(Patina) とは、美学的に、いわばアンティーク特有の“趣”の大きな要因となる、色や形状の、時による侵蝕一般、といったところでしょうか。
溶剤による塗膜の除去が、この“味のある古くささを醸し出している要素”まで取り去ってしまう場合があるかどうか、これが論争の焦点になる事がよくあります。
これも、結構込み入った話で、なおかつ重要で、興味深い事なので、次回ちゃんと取り上げます。今日はパス。
基本的に、私はオリジナルの部品を全部取り替える修復はしたくないんです。そりゃあ、新しく作って取り替えちゃう方が早い場合もあるんですけど、何でかな、やっぱ、“愛”かな。
笑わせんな、このやろー
多分、人為を人為でもって尊重する、という事に修復の価値を置いてるから、だと思うんだけど…。
だから、ここの棚板、あんまりにも貧相で反っくり返っていても、使いたいんですね。反りを直すのは手間がかかるし、反りが直っても貧相なのは変わらない。多分、この家具の中で、唯一“あんまりな”パーツでしょう。もし、こっちの方がいい、と言って下さる方がいらっしゃれば、と願いつつ、反りを直して保管しておきます。でも、まあ、新しいのも作りました。
モミの木の古材、もうすっかり乾ききって、固くしまってるのがあるので、こいつを使おうっと。
ただし、反ってるのね…カンナで削って、今は殆ど平らだけど、彼女は反りたがる質なのはみえみえ、
どうせ
すぐ反るんでしょ。知ってるわ。
こーゆー断面を持つ板は、年輪の中心から外側へ向けて反るんです。
棚板は、乗っかってるだけなので自由奔放に動きます。彼女の為には喜ばしい事ですが…。もったいないようですが、半分に切ってひっくり返して再接着しましょう。どうせこれ一枚じゃ幅が足りないから、他の板を足さなきゃいけないので。
こうやって、反る方向を打ち消し合うような向きに並べ替えて、反りを抑えようというわけです。まあ、これでも多少は動くんでしょうけど一枚で野放しにしとくよりはましでしょう。
これはー、アーチの上に材を補足したところ。補足するったって、接着する際にクランプで締める事が出来ないので接着剤の効果は半減してしまいます。それに長い材だから反る事も充分考えられます。材が反る力に中途半端な接着面が耐えられるとは思えないので、竹串釘で数カ所固定しておきましょう。竹串の釘。私のアイデアなんだぜっ。イタリアでは、楊枝とか竹串は、何故か日本オリジナルだと思われていて、商品名が“KENDO(剣道)”とか
“GEISYA(芸者)”、“SAMURAI”など、ふざけた名前で、パッケージに至っては得体の知れない服を着た女や大魔神みたいな化け物のオンパレード。
…それはともかく、私(tomokino)は“TONKINO”を(なんじゃ、そりゃ)愛用していた為、このアイデアは“Chiodo TONKINO”(キオード・トンキーノ=トンキーノ釘)というまぬけな呼び名で呼ばれ、アンギアリの修復師の間で一応、流行りました。
・・・というわけで“その9”で気になっていた箇所は結局、こんな感じで解決しました。溶剤を持ってしても材の奥まで染み込んだ赤や黒のしみは取りきれず、残ってしまいましたが、まあ、よしとするしかないですね。
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