ガス室の次は逆立ち。ごめんね、ビューローさん、これが最後の受難になる事を切に祈るよ…
イタリア語で、タルロ (Il Tarlo) 。木を喰らう、だいたい3種類位の虫達の総称です。日本ではあまりお目にかかった事ないな。環境が違うからか、彼等のお気に召すタイプの木を使った家具が少ないからなのか…よくわかんないです。
彼等の活動にもっとも適した環境は、程よい温度(22〜25℃)、湿気のある所、風通しの悪いところ、樹脂をあまり含まない材の中(クルミ、サクラ、ブナ、ニレ、など)です。現代の日本の住居は、風通しも悪くなったし、気候条件も彼等に取っては好都合です。西洋アンティーク家具をお持ちの方は、定期的なメンテナンスや、設置場所にご注意される事をお勧めします。ワックスがけくらいなら年に少なくとも3回位はする必要があるでしょう。彼らは樹脂がキライなので。それから、壁から少し離して設置される方がいいです。
この家具も、ビーダーマイヤー様式のライティングビューローとして生まれ変わった時点で、もう既にこの有難くないお客さんを背負い込んでいたようです。
そう、この家具って、元々はかなり古い時代の、樺の無垢材でできた別の様式のライティングビューローを、この様式にリフォームしたんでしょう。
この突き板の薄さは、どう見ても、ベースの樺材の年齢とは釣り合いません。さらに、小引き出しなどが乗っている板は、両サイドの枠、突き板の下から、長くて太いクギで固定されています。外からは全く見えるはずのないものですが、私は、この板の反りを直す為に、何とか外したかったわけで、いろいろ方法を探したのですが、外れませんでした。“まさか、クギ?”と思い、捜してみると、板の裏側に太いクギの先が飛び出しているのを見つけました。打ち込まれたのは表からですが。家具の表面にクギの頭は見えません。とすれば、このクギは突き板の下から打ち込まれたわけです。
突き板を貼る前に、この新しいクギが打たれていた、という事
それから、背板をスライドさせてはめ込むための溝が掘ってあった形跡がありますが、それは現在使われておらず、枠に直接クギ止めしてあります。この溝は虫にやられて全く使い物にならないので、この方法で背板を取り付けたのでしょうが、問題は、それがいつなされたか、という事です。私は、この溝を復活させることにしていますが、ちょっと上の写真を見て下さい。家具の脚である、この板は、背板のみぞより外へ飛び出しています。これは、溝を復活させても、下からスライドさせてはめ込むことができない、ということです。すなわち、
この脚は、溝が使えなくなってから付けられたものである、ということです。
さらに、小引き出し群の中に、一匹黒い羊さんがいます。作りが全然違うんです。この子は、ジョイント無しのクギ止めで、他の子達の正面板が樺の無垢材である一方、これだけ松材に、突き板が貼ってあり、独特の模様は、事もあろうに“描いて”あるんです。
いーの、いーの。黒い羊だって。あんたがいなけりゃこの群れは成り立たなかったんだから。
ほら、それに、この引き出しには左右にちっちゃいキバがくっついています。ガイドにはめて、後ろから見ると…ね。現状の背板はかつての溝の外側からクギ止めしてあり、溝が使われていた頃に比べると少し後ろへ退いてるんです。だから、このキバがないと、引き出しが奥へ引っ込みすぎちゃうんですねー。 これは、
小引き出し群は背板が溝にはめ込まれていた構造の時に在ったものである、ということの証拠です。
さて、これらのことから解ることは、全ての突き板、脚、そして背板は、あとから付け足されたものである、ということです。
この家具を、ビーダーマイヤー様式のライティングビューローとして生まれ代わらせる際に、脚をこの様式に倣って新しく付けたり、おそらく既に虫食いだらけだった表面に突き板を貼ってきれいにしたり、消失していたか何かで足りなかった小引き出しを一つ新しく作ったりした…という事でしょう。
何となく、ただのリプロダクションに見えない、風格を醸し出しているのは、一皮むけば、すっごいおばあちゃん家具だからだったんだ…突き板を剥がしたら、まだ何か出てくるんだろうなぁー
剥がしてみたいなーでも、もう、虫穴だらけで、剥がしたら家具その物が崩壊しますよ。
ふぅん…。でも、オリジナルの部分は一体いつまで遡れるんだろう…何か手がかりが見つかるといいんだけどな。さもなきゃ、材のかけらをアンギアーリの修復チームに送って、科学鑑定にかけてもらうかなー。
Lo Spettrografia molecolare …ま、いいか、今は。
こーゆー文明の利器もあるんです。年代鑑定のための科学技術。
ああ!これ、Quilastudio さんが記事にしてたんだ!
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というわけで、だいたい、この家具の正体が分かったところで、修復方針を決めてみましょう。ベースは古いです。もう下手にいじるより、化学の力に頼ることにしましょう。裏から全面に濃度9%のパラロイドB72(標準よりも濃いめ)を塗布し、乾燥後の様子を見ます。もし、これでも強度の上がらないところは除去して、新しい材を補足します。ビーダーマイヤー様式に倣おうとしたのですから、溝は復活させて、無駄なクギなどは排除し、背板にも自由を与えてあげます。今まで、この家具は背板のみで形をとどめていた、と言っていい程だったわけですから、この背板を溝にはめるだけ、という構造にするには、溝と、その周辺の構造の強化が絶対不可欠になります。このムシクイでスカスカになった板に強度を与えられるか、にかかってきます。
オーナー様からのご要望である、机面の反り、本体との段差の軽減は、例の小引き出しの乗っている中板を裏から矯正します。中板を外せない以上、家具を逆さまにして作業するしかありません。
いつものように、反りの一番大きくなっているラインにV字の切れ込みを入れます。今回は、少し逆反りするくらいが良さそうです。机面の反りに気持ち程度近づける為と、上からかかるであろう小引き出し群の重量に対抗する為です。5ミリ程度逆に反ることを目指して、5ミリの薄板を板の両端に噛ませて、矯正します。
かなり複雑に歪んでいたと見えて、V字の角度や方向はかなり、まちまちに変化しています。できる限り正確に角度を合わせた小さな三角柱で埋めていきます。
さて、これで、どれくらい段差が少なくなるでしょうか。
古い枠組みの反りは、虫害によって材の強度が低下しきっていて、このやり方をしても、材が保たないでしょう。クランプでの締め付けに耐えるにはある程度、材のフレキシビリティーが必要だからです。しかし、天板がめくれ上がってしまっている部分は、溝を復活させる為には矯正しないことには背板が収まってくれないでしょう。非常に長い切れ込みを入れるので、ちょっと大仕事ですが、上手く行けば、かなり構造的にスッキリするはずです。
溝を作り直しします。左右と上部の枠を突き板ぎりぎりまで掘り下げて、溝用の材を補足する部分を除去します。ここへ大量のおがくずとボンドを混ぜたものを塗りたくってから補足用の材を圧着します。表側、突き板上のムシクイ穴からも、このパテがにゅるにゅる〜っと出てくるからびっくり。でも、これでOK。
全体にパラロイドB72を塗布して、何とか材に強度を持たせようとしていますが、こういうところは、もうパラロイドも効き目無し。除去、補足、をします。
あっちこっち、除去と補足をしなきゃなりませんでしたが、きりがないので省略します。やり方は同じです。
溝は、オリジナルに戻りました。背板は周りをカットして大きさを合わせます。入るかな…?
VIVA !(やったー) 入ったよ〜ん。
下はネジ止めにしましょ。普通はクギだけど。
は〜、この作業姿勢はたまらなかったー、でもやらなきゃいけなかったー。やってよかったー。すっきりしたぜー、ざまーみろー!
やっと、本題に入れます! 机面の事、小引き出しの不具合、そして仕上げの色の事っ。
わたしは Olio(アブラ=解決策)をたくさん持ってる修復屋〜♪ それは、今も変わらぬアンギアーリの仲間達の愛なのさ!
この、水性の顔料、"Oro giallo"(こがね色)って、アンギアーリでは使った事もあるけど、木材の色としてはちょっと…と思って日本には持って来てませんでした。右の色は、樺そのものの色です。シェラックニスを塗っただけだとこうなります。これより彩度を上げる為には、この染料を試すしかないと思ったので、送ってもらいました。あいつらが、その日のうちに発送してくれるなんて、天変地異の前触れかー?
ちょっと黄色っぽ過ぎますか? もっと軽めに着色した方がいいかな…。左が染料を入れたもの、右が元の色です。確かに、彩度は上がりました。
こてっ
あー、はやくちゃんとした天地で立ちたいなあ…
んでもって、早くお家へ帰りたい…
はいはい、もうちょっとだからね。スッキリして心機一転、長生きしてもらいたいのよ。
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