今日は引き出しを見て見ましょう。
この引き出しは、前板以外はポプラ材が使われており、前板はクルミ材ですが、構造的に100年以上は保ちません。右の写真はひっくり返した状態ですが、このように底板が枠の上に釘付けにされています。これでは、材は身動きが取れず、結局は割れたり枠ごと歪んだりしてしまいます。
こいつをもう100年生かすには、別の構造にする必要があるでしょう…。 面倒ですが、その方がいいでしょう。
引き出しの開き干し
クギは全部抜いてー
割れや欠けは補修してー
両サイドの枠は1cmほど底上げして(材を付け足して)溝を掘っておきます。ここへ、底板をスライドさせてはめ込むためです。こうやっておけば、そこ板は溝の中に収まっている範囲内では自由の身です。
枠の後ろの板は、組継ぎなしの釘止めでした。底板が枠にべったり打ち付けられていた時はこれでも良かったのですが、今は枠だけでしっかり引き出しの形を維持してくれなければなりません。ジョイントを作ってあげました。
前板はやはり、開閉の度に力のかかる部分です。膠だけで組んでおくのは不安ですから、鉄のクギを抜いた後の穴に
木製のクギを作って打っておきます。
枠は膠を使って接着します。ボンドでやっちゃうと後で何か起きて、バラしてなおそうとしても厄介な事になるので、膠を使います。
さて、駆け足で補修の工程を説明しました。
ここで、前回、天板を補修しながら、古いクギ(断面の四角い、鉄を打ち出して作られたもの)の痕と、その後打ち直された初期工場生産製の釘について触れたこと、思い出して下さい。それで、この天板はかつて一度取り外されていた事が判りました。
何の為に天板を外す必要があったのでしょうか。
それはどうやら、引き出しをつける為だったようです。
修道僧、フラーテ・アントニオ(勝手につけただけです)はある日、使い慣れた古い書き物机に向かって本山に当てた手紙を書き終えて、ふと考えました。(勝手に想像してるだけです)“もし、この机に小さな引き出しでも一つあれば、こういう便箋やらインク壷をしまっておけるんだけどなあ”
そこで、寺男のルチァーノを呼んで、適当な板きれを探してもらうことにしました。
翌日、ルチァーノは、アンギアリの職人に見繕ってもらった引き出し用の端材を持ってやって来ました。
かつてはドレッサーかなんかに付いていたような引き出しの、鍵穴のある前板と、ポプラの板切れ数枚、これだけあれば立派な引き出しが作れます。
こうして、出来上がった引き出しは、鍵穴と錠前を埋め込む凹みはあるものの錠と鍵は付いていませんでしたが、とりあえず書き物机に設置することにしました。
先ず、天板を外し、正面の枠板を、引き出しがすっぽり収まるように切り取りました。フリーハンドで切ったので、向かって左側がちょっぴり下がり気味になってしまいましたが、まあ、これもご愛嬌です。
引き出しを滑らせる為のレールが必要です。けっこうアバウトな性格だった彼は、ごくシンプルにその辺にあったモミの角材を、前と後ろの枠板に下から打ち付けて渡すだけで済ませてしまいました。
さて、これで念願の引き出し付きの書き物机が出来上がったわけですが、問題は引き出しをどうやって開閉するか、です。把手をつけようにも適当な物がありません。
結局、今のところは保留にして、この部屋の鍵を共用する事にしました。
錠がなくても、鍵穴に入る鍵さえあれば、90度まわして引っ張れば鍵は前板に引っかかるので引き出しは開きます。慣れてしまうと案外便利な事に気付いたフラーテ・アントニオは、錠前なしの引き出しをけっこう満足して使っていました。
この話は全てフィクションであり、人名は実在する人物の物ではありません
すみません、いい加減な事を…。こんな事もありうるかな、って事で…。
とにかく、この引き出しは使われている釘のタイプ(丸釘)が、天板に打ち込まれていた新しい方のクギと同じ物である事から、天板を取り外した原因であると思われます。
構造的にも、本体側の引き出しの“受け”はムリがあり、長年の使用に耐えられる物ではありません、明らかに後付けした物です。
錠と鍵は付いていませんが、これは、引き出しがこの机のために作られたときから無かったと思われます。この錠は鍵を回すと上へ鉄の板が持ち上がり、天板の裏、または引き出しがはめ込まれる枠に掘り込まれた凹みに入る事でロックされる仕組みなのですが、この机の天板の裏にはこの為の凹みらしき物すら見つかりません。この前板は、もっと古い時代の、別の引き出しからのリサイクルで、錠と鍵は既に消失していたと観るのが自然でしょう。錠前なしの鍵穴に別の鍵だけを入れて引き出しを開ける…これは錠前が壊れてしまった場合とかに実際、よくやるテです。この場合の鍵は穴に収まれば何でもよく、厳密には“鍵”ではなく“鉤”の役割を果たすわけですが。
そうなると、前板の裏側、鉄の鉤で始終ガツガツ引っ掻かれることになる穴の周りが摩耗していきます。この引き出しは軽くて小さいので、大きなダメージはありませんが、穴の周りは黒ずんで擦り減っています。もし、錠が在ったらこういう痕跡は残らないはずです。
この Tavolino 君は、1850年代に引き出し無しのごくごくシンプルな書き物机として作られ、1875年頃に引き出し付きのそれへリフォームされた。引き出しも、1875年頃に新たに制作された物でなく、かなり古い家具からリサイクルされた材を使っている。
という事が言いたかっただけなんですけどぉ…
でも、おもしろいでしょ?こんなちっぽけな机にいろんな人の存在が関わった痕跡が残ってるって。今は私が関わってるわけですが、あと1週間もすれば、Mさん、あなたがこのちっぽけな物の歴史に関与する十数人目(位かなー?)になるわけです。塗り替えちゃおうが、落書きしちゃおうが、焚き付けにしちゃわない限りは彼の歴史は更新され続けます。どんどん使い込んであげて下さいね。壊れたって私が生きてる限りは永久保障しますから、ダイジョウブ。
とはいえ最初から、壊れてもいいや、ってわけにも行きません。
引き出しを受ける、本体側の構造はこれじゃ使い物になりません。フラーテ・アントニオには悪いけど、リメイクします。外見は殆ど変わらないから、勘弁して。
引き出しのガイドとなる枠をクルミの古材で作ってあげました。この枠は引き出しのガイドとしての役割だけでなく、テーブル本体の枠組を補強するのにも効果的でしょう。
引き出しが滑ることになる、縦方向に置かれている材は、簡単に取り外せます。摩耗して引き出しの滑りが悪くなったとき、簡単に交換できるようになってます。
横方向の材、テーブルの前後の枠にくっついてるやつは、膠とネジで止まってます。これもオリジナルの材にダメージを与える事なく取り外せます。ただ、後ろ側の枠板は反りがひどくて、横棒がぴったり密着できない状態だったので、例のやり方で反りの修正をしました。
何だかんだ沢山やる事があります…。引き出しがちゃんと収まって、天板を乗っけてみて、やっと全容が明らかになってきました。後は、天板をどうやって枠に取り付けるか…けっこう厄介な問題です。ま、次回をお楽しみに、ってとこです。
Mさん、錠と鍵、どうしましょう。サイズの合うのは私、持ってるんです。ただ、鍵穴をずらさなきゃなりません。ご提案できる2つの可能性は、
1、錠と鍵をつけて、古い鍵穴を塞いで新しい鍵穴を開ける。
2、新しく把手を付ける。
…のいずれかですね…。把手をつける方をお望みでしたら、手持ちのサンプルの中から選んでいただけます。大した種類もないんですけど、一応アンティークのリプロダクションなので、とんでもなく違和感のある物じゃないと思います。
よろしくご検討お願いしまーす。
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