そろそろ、このビューローさんの修復も、大詰めを迎えました。
下3段の大引き出しもチェックしましょう。まだタルロ君(虫)達にでっくわす前に、真ん中、右側のガイドが外れているのは知ってました。背板を外してみてわかった事は、全てのガイドが、かつて修理を受けた時に裏表ひっくり返されている、という事です。
ガイドの裏と表をひっくり返すのは、長年の引き出しの開閉によってガイドがすり減ってしまっている時、まだ平らな面のある裏側を使おうというわけなんです。
私も、小引き出しのガイドを修理した時、使える裏面を持っているものは、ひっくり返して使いました。次回ガイドが消耗した時修理する人は、新たに作って下さいねっ。
しかし、それは私でしょう
ところが、これらの大引き出しのガイドは、単純にひっくり返せばいいっていうものじゃなかったんですねー。
何で、後ろにジョイントの凸があるのー? じゃあ前は? 仕切り板に凹が掘り込まれてるけど…中はお留守です。
ひゃあー、クギがガイドの裏から斜めに、穴の奥へ向かって2本ばかり打ち付けてあるー! すごいなあ、私ですらこの中へ入って作業するのはキツいのに、こんな隅っこへ長いクギを打ち込むなんて…。すごく小さい人なのかしら…。
私が手を抜くとしたら、少しぐらいガイドが短くなっちゃっても、そのまま反対側にもジョイントの凸を作ってから裏返すけどなー。
それはともかく、ジョイントの凸部が後ろへ来ても、背板にぶつからなかったのは、背板が後ろへ退いたからです。…ということは…背板をクギ止めにしたのも、小引き出しにキバを付けたのも、この、修復屋さんだなっ!
別にね、それでも20年、30年って保ってたんですよ、このビューローは。虫食いでやられた所に新しい材を入れるやり方がこんなでも、背板をクギ止めにしちゃって済ませても、
まあ、虫の駆除が徹底してなかったのはまずかったけどこの人のおかげで、何とか今まで生き延びて来たんだから、と思うと腹も立ちません。アンティーク家具ってのはこうやって、いろんな人の手や環境に因る、完成と破壊を繰り返しながら美しさを増して行くものなんです。
クギってのは気に入らないけど、どうせガイドはいづれ擦り減って交換しなきゃいけなくなる部分だから、今外れちゃってるものだけ修理しておく事にします。これはネジ止めです。
引き出し3兄弟。
真ん中の(写真では一番手前)のだけ、ガイドが細ーい。これじゃあ、すぐ本体側のガイドが擦り減っちゃう。兄さんと弟のガイドはちゃんと修理してあるのに…今回は、根本的な修理はしません。もう、きりがないので、当面問題なく機能してくれそうな所はそのままにしておきましょ。…とはいえ、こんな細いガイドで、タダでさえ重い引き出しに物が入ったら、開閉の度に本体側のガイドを削るような事になります。
正面板の下の方が反ってきていて、底板が正面板に掘り込まれた溝から外れているので、これも一緒に解決してしまいましょう。隅木を兼ねたガイドの増幅。膠とネジで枠にだけくっついてる長ーい長靴。底板は動く事が出来るので割れたりする心配はないでしょう。
もういいかな? 背板を入れちゃいますよ。
いくら2層合板で、反りが少ないといっても、一枚モノで、これだけの面積で、溝にはまってるだけ、というのは何かベコベコしてて頼りないです。2本横木を渡しておきましょう。背板を押さえてるだけです。
後は、ひたすら塗膜落とし。
一日中ズヴェルニチァトーレ(塗膜落とし用の溶剤 詳しくは
以前の記事をご覧下さいませっ)と格闘する私。
ズヴェルニチァトーレを塗布された塗面
剥離してきた塗膜をヘラで取り除く
この後スチールウールで溶剤の残滓を除去してからサンディングする。
・・・・ひたすらこれの繰り返し。
んでもって…
風呂上がりのビューロー。
2枚の三角形の板、左は元の色です。この状態にシェラックニスを塗るとこうなります。右側が、最新の仕上げ色のサンプルであります。小さくってちょっと判りづらいかな…
前々回に試してみた色。
左が染料を入れたもの。ちょっと黄色っぽ過ぎたみたい。
今回は染料の濃度を落としてみました
右側が以前黄色っぽ過ぎるかな、と思ったもので、左がかなり希釈した染料で着色したもの
樺の色って、見る角度や光源の方向によって反射率が著しく変化するんですね。垂直面は水平面に比べて当然暗めです。また、材の断面に出るこの不可思議な模様によってもずいぶん印象が違うんです。
試しに小引き出しを一つだけ、この色で仕上げてみました。
左が、塗膜を落とす前の小引き出しの色で、右が今回仕上げてみた色です。これの奥に見える三角形の板は、まだ塗膜を落としていません。元の色サンプルとして最後まで手をつけないつもりです。
上の三角板同士の比較の時と、ずいぶん違うでしょ?
でも雰囲気、変わったでしょ?これにシェラック塗ってワックスかけると結構明るい、華やかな感じになると思うんだけどな。
右の写真は、まだ塗膜を全部落としていない時の様子です。参考までに…
そうなんです。水性の染料という奴は、ここがちょっとばかり厄介なんです。
ゴンマラッカ(シェラック)を乗せてみるまで仕上がった状態が確認できないんです。
それと、あんまり薄い突き板だと、膠がはがれちゃったりもするので、今回も、アイロン片手に、あんまり何度も同じ所を濡らさないように一気に染めなきゃいけませんでした。それでも突き板が浮いてくるようならアイロンかけて再接着しながら、って感じです。
この染料の正体は、Anilina (アニリン)という有機化合物でありまして、皮革を染めたりするのにも使われます。もともとはコールタール由来(植物からでもできる)で、毒性もあるらしいですが、この化学物質を様々に反応させる事によって黄、赤、黒などの色を作り出す事が可能です。特に黒は18世紀後期のインペリアル様式、それに続くビーダーマイヤー様式によく見られる、あの、黒檀色の柱や縁取りに使われる事で、知られています。あれはアニリンを酸化させた色なんです。そして、コールタールを蒸留して取り出されたもっとも薄い色、がこの黄金色、今ビューローに使っている色です。
さて、このアニリンと、鉱物系の顔料を混ぜて、さらに色の幅を広げたものが、水性の染料です。アニリンその物は、あまり水に溶けないので、鉱物系の顔料をベースに、アニリン系の色で微調整をしたもの、という感じでしょうか。アニリンはアルコールにはよく溶けるので、ほとんどピュアなアニリンである“黒”の溶剤はアルコールです。
鉱物系の顔料の主なものは、"Terra di Cassel" とか "Terra di Siena" 等がよく知られています。これらは絵の具のピグメントとしても使われる、茶系の顔料です。木を染めるんだから、茶系の顔料が主流になります。"Terra di Cassel" はクルミ色の染料でアニリン系の色素無しでも使われます。これにアニリンをアンモニア反応させた赤紫色を混ぜてマホガニー系の色を作ったり、"Terra di Siena" だったらブナ系の色…と、まあとにかくいろいろ微妙な色調整をしながら塗料屋さんが作ってくれる色を我々はさらに混ぜ合わせて自分の欲しい色を作り出すんですね。これらの染料は、粉末状、もしくはもうちょっと粒子の粗い、ガラスの細かい破片みたいな状態で売られています。たいていの色は、アルコールベースと、水ベース、両方用意されていて、用途や、材の状態によって使い分けます。例えば、アルコールベースを使うのは、ゴンマラッカを着色したい時なんかには便利です。両方アルコールベースなので、もう、既に水性染料で着色してしまった後、仕上げの段階で “もうちょっと赤っぽい方がよかったかな”とか もっと暗めの色の方がよかったな”なんていう時に、ゴンマラッカにアルコールベースの染料を混ぜて調整します。
まあ、木を染める方法は沢山あって、もう古代エジプト時代から行われていたそうですが、中世において、何故か廃れてしまい、15世紀に復活して、今に至るようです。
別に、コーヒーや紅茶で染めたって、サフランやそこら辺の草で染めたっていいんですけどね。
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さてっ、机面と本体の段差は、どれくらい埋まったでしょうかー?
結局、机面の反りを傷をつけずに矯正するのは無理、という事で、本体側の棚板の方のみいじる事にしたわけです。思えばこれが全ての発端となったのですが、背板を外したり、各パーツを分解した事で、どれくらいの事が判明し、またそれによって危機的状況を食い止める事が出来たか、を思うとやっぱりやって良かったな、と思います。
棚板は、机面とは逆の方向に反っていたので両者の間の段差が1センチ近くになってしまっていたのでした。
ここで、ちょっと小細工をしたんですが、机面の歪みに合わせて、向かって左側を集中的に若干逆反りするような矯正を施しました。
だからと言ってあんまりオーバーに逆反りさせると、他のパーツが入らなくなったりと、いろいろ弊害も出てくるでしょうし、第一不格好でしょ。だから、控えめに、最大でも5mm位持ち上がった感じにしました。
合わせてみると、段差は最大2.2mmまで減りました!
2.2mmかぁ…。 始め、机面の厚さを測ったとき、膨れてる部分が実は1.5mm分厚かったのを思い出しました。
削っちまえー! (これって、無垢材だから出来るんです。突き板貼ってあったら突き板がなくなっちまうので、出来ませんでした。ラッキー。)
しかし、左端に、このような段差が…
ま、仕方ないです。机面の歪みはどうしようもないです…左端だけなら、実用上そんなに気にならないと思うんだけど…。
蝶番は真鍮製で、柔らかく、ずいぶん歪んでしまっていたので、叩いて真直ぐにしますが、大切なのは、蝶番の面が全面ぴったり木部に密着している事です。
現在のポシションで、蝶番がぴったり収まるように、材を加工します。
元のネジ穴はダボで塞いでおきます。
コレ…なんていうのかなぁ、開いた机面を支える鉄の棒。
今のポシションで、アソビがないようにクギ(カギ状になった鉄の棒の先端は、この黒いクギに引っかかるようになっています。)の位置をずらします。これで、机面のぐらつきは改善されるはずです。
これは普段はこの三角形の板で覆われていますが、外れてしまっています。元は多分、膠でくっつけてあったのでしょう。でもクギが打ってある方の板が反ってしまった為に膠が利かなくなったのでしょう。現状も反りは直していません。材がスカスカなので、クランプなどによる矯正に耐えられないと思うので。のりが使えないならクギかネジで固定するしかありません。クギは…きらい。ネジにします。ネジだってスカスカの材には利かないので、ネジが入る所に直径8mmのダボを入れておきましょ。
さぁて、どんどん行きましょうー。次は、小引き出し達の不具合を修理します。
“あるものは奥へ引っ込みすぎてるし、またあるものは開閉がスムーズじゃない。把手の抜けちゃうものもある…”
今なら、決定的な原因が背板の改造だった事は明白です。もともとはこの引き出し君達は背板に当たって止まるように出来ていたんです。その背板の位置が後ろへ退いてしまった為に、引き出しの後ろにキバを付けてみたり、各仕切り板の前方に止めの為の板片を置いたりしたのでしょう。
しかし、これらの板片は、何百回もの引き出しの開閉にたった一人で耐えるには荷が重過ぎたようです。引き出しのガイドは深さ5mmの溝にスライドさせてはめ込まれています。かろうじて膠が塗ってありましたが、あまり利いていません。引き出しが閉められる度に後ろへ向けて、力がかかるわけです。あるものは止めの板片が取れてしまったり、あるものは仕切り板がガイドごと後ろへ行ってしまったり…と、ガタピシしちゃったんですね。それと、ガイドがついている縦の間仕切り板も、これがはめ込まれている天板がめくれ上がってしまった為に溝から外れてしまったものがありました。溝を外れると、こいつはやれやれとばかりに動きます。そのせいで、引き出しの通り道を邪魔するようになってたんです。
今は天板の反りもある程度直っています。それでも充分に溝まで届いていない板は少し上背を高くするように補足しました。
引き出しのガイドは、どっちみち外れちゃったので、付け直し。だいぶ摩耗してるから裏返しにして…サンドペーパーかけてツルツルにしときます。これにワックス塗っておけば開閉らくちん、すーるする!膠塗って溝にはめるのはいまいち信用ならないので、小さいネジで2点、間仕切り板に止める事にします。どうせガイドは消耗品、交換し易いようにしておきましょう。
もう、前歯君は必要ないかも知れないけど、背板が一枚モノで薄いので、引き出し閉めるたんびに、大太鼓叩いてるみたいな音がするかも知れない…というわけで、前歯君が取れてしまってる所は新しいのを付けときました。
取っ手が取れちゃった、というのは黒い羊くんです。だって、この子は松で出来てるんだもの、柔らかい材だから、把手のネジがしっかり利かないんです。それじゃあ、ネジの入る所だけ、固い材を入れてあげましょう。これで下穴を開け直せば把手の問題も解決!
いや〜、こまごまといっぱいやる事があるんです。パーツが多い家具は特に、みんなそれぞれ、“僕も!”“私も!”って言ってくるので、きりがありません。
やっと、ライティングビューローらしくなりました!
机面、
“まちがえて” 2.2mm削っちゃいました。(1.5mmの予定だったんですけど)
でも、段差、なくなっちゃったよ!
てへっ…
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ガス室の次は逆立ち。ごめんね、ビューローさん、これが最後の受難になる事を切に祈るよ…
イタリア語で、タルロ (Il Tarlo) 。木を喰らう、だいたい3種類位の虫達の総称です。日本ではあまりお目にかかった事ないな。環境が違うからか、彼等のお気に召すタイプの木を使った家具が少ないからなのか…よくわかんないです。
彼等の活動にもっとも適した環境は、程よい温度(22〜25℃)、湿気のある所、風通しの悪いところ、樹脂をあまり含まない材の中(クルミ、サクラ、ブナ、ニレ、など)です。現代の日本の住居は、風通しも悪くなったし、気候条件も彼等に取っては好都合です。西洋アンティーク家具をお持ちの方は、定期的なメンテナンスや、設置場所にご注意される事をお勧めします。ワックスがけくらいなら年に少なくとも3回位はする必要があるでしょう。彼らは樹脂がキライなので。それから、壁から少し離して設置される方がいいです。
この家具も、ビーダーマイヤー様式のライティングビューローとして生まれ変わった時点で、もう既にこの有難くないお客さんを背負い込んでいたようです。
そう、この家具って、元々はかなり古い時代の、樺の無垢材でできた別の様式のライティングビューローを、この様式にリフォームしたんでしょう。
この突き板の薄さは、どう見ても、ベースの樺材の年齢とは釣り合いません。さらに、小引き出しなどが乗っている板は、両サイドの枠、突き板の下から、長くて太いクギで固定されています。外からは全く見えるはずのないものですが、私は、この板の反りを直す為に、何とか外したかったわけで、いろいろ方法を探したのですが、外れませんでした。“まさか、クギ?”と思い、捜してみると、板の裏側に太いクギの先が飛び出しているのを見つけました。打ち込まれたのは表からですが。家具の表面にクギの頭は見えません。とすれば、このクギは突き板の下から打ち込まれたわけです。
突き板を貼る前に、この新しいクギが打たれていた、という事
それから、背板をスライドさせてはめ込むための溝が掘ってあった形跡がありますが、それは現在使われておらず、枠に直接クギ止めしてあります。この溝は虫にやられて全く使い物にならないので、この方法で背板を取り付けたのでしょうが、問題は、それがいつなされたか、という事です。私は、この溝を復活させることにしていますが、ちょっと上の写真を見て下さい。家具の脚である、この板は、背板のみぞより外へ飛び出しています。これは、溝を復活させても、下からスライドさせてはめ込むことができない、ということです。すなわち、
この脚は、溝が使えなくなってから付けられたものである、ということです。
さらに、小引き出し群の中に、一匹黒い羊さんがいます。作りが全然違うんです。この子は、ジョイント無しのクギ止めで、他の子達の正面板が樺の無垢材である一方、これだけ松材に、突き板が貼ってあり、独特の模様は、事もあろうに“描いて”あるんです。
いーの、いーの。黒い羊だって。あんたがいなけりゃこの群れは成り立たなかったんだから。
ほら、それに、この引き出しには左右にちっちゃいキバがくっついています。ガイドにはめて、後ろから見ると…ね。現状の背板はかつての溝の外側からクギ止めしてあり、溝が使われていた頃に比べると少し後ろへ退いてるんです。だから、このキバがないと、引き出しが奥へ引っ込みすぎちゃうんですねー。 これは、
小引き出し群は背板が溝にはめ込まれていた構造の時に在ったものである、ということの証拠です。
さて、これらのことから解ることは、全ての突き板、脚、そして背板は、あとから付け足されたものである、ということです。
この家具を、ビーダーマイヤー様式のライティングビューローとして生まれ代わらせる際に、脚をこの様式に倣って新しく付けたり、おそらく既に虫食いだらけだった表面に突き板を貼ってきれいにしたり、消失していたか何かで足りなかった小引き出しを一つ新しく作ったりした…という事でしょう。
何となく、ただのリプロダクションに見えない、風格を醸し出しているのは、一皮むけば、すっごいおばあちゃん家具だからだったんだ…突き板を剥がしたら、まだ何か出てくるんだろうなぁー
剥がしてみたいなーでも、もう、虫穴だらけで、剥がしたら家具その物が崩壊しますよ。
ふぅん…。でも、オリジナルの部分は一体いつまで遡れるんだろう…何か手がかりが見つかるといいんだけどな。さもなきゃ、材のかけらをアンギアーリの修復チームに送って、科学鑑定にかけてもらうかなー。
Lo Spettrografia molecolare …ま、いいか、今は。
こーゆー文明の利器もあるんです。年代鑑定のための科学技術。
ああ!これ、Quilastudio さんが記事にしてたんだ!
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というわけで、だいたい、この家具の正体が分かったところで、修復方針を決めてみましょう。ベースは古いです。もう下手にいじるより、化学の力に頼ることにしましょう。裏から全面に濃度9%のパラロイドB72(標準よりも濃いめ)を塗布し、乾燥後の様子を見ます。もし、これでも強度の上がらないところは除去して、新しい材を補足します。ビーダーマイヤー様式に倣おうとしたのですから、溝は復活させて、無駄なクギなどは排除し、背板にも自由を与えてあげます。今まで、この家具は背板のみで形をとどめていた、と言っていい程だったわけですから、この背板を溝にはめるだけ、という構造にするには、溝と、その周辺の構造の強化が絶対不可欠になります。このムシクイでスカスカになった板に強度を与えられるか、にかかってきます。
オーナー様からのご要望である、机面の反り、本体との段差の軽減は、例の小引き出しの乗っている中板を裏から矯正します。中板を外せない以上、家具を逆さまにして作業するしかありません。
いつものように、反りの一番大きくなっているラインにV字の切れ込みを入れます。今回は、少し逆反りするくらいが良さそうです。机面の反りに気持ち程度近づける為と、上からかかるであろう小引き出し群の重量に対抗する為です。5ミリ程度逆に反ることを目指して、5ミリの薄板を板の両端に噛ませて、矯正します。
かなり複雑に歪んでいたと見えて、V字の角度や方向はかなり、まちまちに変化しています。できる限り正確に角度を合わせた小さな三角柱で埋めていきます。
さて、これで、どれくらい段差が少なくなるでしょうか。
古い枠組みの反りは、虫害によって材の強度が低下しきっていて、このやり方をしても、材が保たないでしょう。クランプでの締め付けに耐えるにはある程度、材のフレキシビリティーが必要だからです。しかし、天板がめくれ上がってしまっている部分は、溝を復活させる為には矯正しないことには背板が収まってくれないでしょう。非常に長い切れ込みを入れるので、ちょっと大仕事ですが、上手く行けば、かなり構造的にスッキリするはずです。
溝を作り直しします。左右と上部の枠を突き板ぎりぎりまで掘り下げて、溝用の材を補足する部分を除去します。ここへ大量のおがくずとボンドを混ぜたものを塗りたくってから補足用の材を圧着します。表側、突き板上のムシクイ穴からも、このパテがにゅるにゅる〜っと出てくるからびっくり。でも、これでOK。
全体にパラロイドB72を塗布して、何とか材に強度を持たせようとしていますが、こういうところは、もうパラロイドも効き目無し。除去、補足、をします。
あっちこっち、除去と補足をしなきゃなりませんでしたが、きりがないので省略します。やり方は同じです。
溝は、オリジナルに戻りました。背板は周りをカットして大きさを合わせます。入るかな…?
VIVA !(やったー) 入ったよ〜ん。
下はネジ止めにしましょ。普通はクギだけど。
は〜、この作業姿勢はたまらなかったー、でもやらなきゃいけなかったー。やってよかったー。すっきりしたぜー、ざまーみろー!
やっと、本題に入れます! 机面の事、小引き出しの不具合、そして仕上げの色の事っ。
わたしは Olio(アブラ=解決策)をたくさん持ってる修復屋〜♪ それは、今も変わらぬアンギアーリの仲間達の愛なのさ!
この、水性の顔料、"Oro giallo"(こがね色)って、アンギアーリでは使った事もあるけど、木材の色としてはちょっと…と思って日本には持って来てませんでした。右の色は、樺そのものの色です。シェラックニスを塗っただけだとこうなります。これより彩度を上げる為には、この染料を試すしかないと思ったので、送ってもらいました。あいつらが、その日のうちに発送してくれるなんて、天変地異の前触れかー?
ちょっと黄色っぽ過ぎますか? もっと軽めに着色した方がいいかな…。左が染料を入れたもの、右が元の色です。確かに、彩度は上がりました。
こてっ
あー、はやくちゃんとした天地で立ちたいなあ…
んでもって、早くお家へ帰りたい…
はいはい、もうちょっとだからね。スッキリして心機一転、長生きしてもらいたいのよ。
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"Il legno sottolio" ・・・板の油漬け。座面の反りを直す為のV字の切り込みを入れた時、私はこの材の表面を覆っている油が、実は裏まで達する程に浸透しているのを見た。
結論:
このアブラは100年たっても乾かないでしょう。
この椅子は、当初は座る目的で作られたかも知れないけど、靴屋のものにしては背が高過ぎるし、このワックスや
うちらが塗りたくったリンシードオイル以外のオイル類のこびりつき具合から見ても、皮をなめしたりする為の副作業台として使われていた可能性が高いです。裸の材に数十年間油脂を供給され続ければ、こうなるでしょう。第一、これはポプラです。元々柔らかい材なので、液体の浸透率も高いんです。これと同じ運命になる家具は、キッチンテーブルに据え付けられている "Battilardo"(豚の脂身を潰す為のまな板)位なものでしょう。もちろん食品が直に触れるものなので、未塗装です。クルミやブナなどの、目の詰まった固い木を使ってありますが、結果は同じ、板の油漬け状態で、どうやったって、乾きゃしません。新品に換えるか、そのまま使い続けるかのどちらかです。アンティークのものなんて、その発酵しきった異臭はめまいがする程です。(あと、木製のチーズおろし器の100年モノとか…)
せめて、汚れだけでも…と思い切ってズヴェルニチャトーレを使ってみましたが、んなもん、へでもありませんでした。壮絶にすり減った木目と、大きな Nodo(節?)が姿を現しただけで、ベトベトした油脂は健在です。
汚れも一緒に吸い込んでしまう太い導管と、黄色っぽい油脂だけしか通らない細い導管、材の表面がまだらに染色されてしまっています。
しかも、ポプラは地色が白いので、よけい悲惨な事に…
そう、私はまたパニックになってしまって、写真を撮る余裕もなく日がな一日、解決策を探しました。500℃の熱風を当てて、後から後からにじみ出てくる油脂を拭き取ってみたり、ゴンマラッカの濃縮したものを塗ってみたりもしましたが、全部吸い込まれるだけで、材の表面に塗膜を形成する事ができません。
何しろ、水に浸かった材のように柔らかくなっていて、ヤスリもサンドペーパーもききません。CAxxO...! どーすりゃいいのよ。
修復師の仕事は、ややもすれば、修復する対象物との闘いになってしまいます。博物館入りするような物や、様式美が勝るような性質の家具ならば、話は簡単です。でも、このズガベッロ君のように、このまま朽ちてゆく事を好んでいるようにすら見える物は、ある時点でこちらの意志を強いる事もせざるを得なくなります。当然、彼は抵抗するわけですが、今、彼の時を止めるわけにはいきません。彼の持つ美の本質を変える事なく、方向性だけを光の方へ転換させようとしてるんです。
今、しなければならないこと。
# 染み込んだ油脂類が座面の表面へにじみ出て来ないように、何らかの方 法で塗膜を作ること。
# 埃と汚れの層を除去してしまった事で失われた統一を、別の方法で取り 戻す事。
順序としては、塗膜を作ってしまった後は色は着けられないので、先に座面の色を考えます。着色方法は、いつものような水性の染料では、ベースが油であるだけに無理でしょう。オイルステインですか?イタリアの家具に?…何か違います。第一、オイルステイン用のピグメントなんて持ってません。巷で売られている、もう色のついた出来合いは勘弁して下さい。水性染料でも出来合いのは使った事ないです。
直感で行きましょう。アルコールベースの染料なら入り込めるかもしれません。色は… 灰色がかったクルミ色に、オリーブグリーン、焦げ茶の濃いやつ。比率はテストしながら決めていきます。
一応染まりました…こんな色、使った事ないな…普段だったら、“色は里親になって下さる方に決めていただきたいと思います” ってやるのに、つい忘れてしまいました。
ごめんなさい、まだ変更できます。
脚の汚れは、スチールウールだけで落ちてしまいました。モミの木の色です。
黄色っぽい1本は樺です。脚も、少し色を入れた方が良さそうです。シミが結構まだらに付いてるので…座面より明るい色で赤みを排除した色…座面に合わせるなら、ですが。
あはぁ、この椅子ったら、歩き始めてるみたいだなあ。一歩前に踏み出してる。
あとは、色の最終決定をして、塗膜を作る手段を考えなきゃ。
それにしても、てこずらせやがって…
あっ、そうそう、上の写真で、座面に蝶ネクタイがくっついてるでしょ。
(今はまだ膠が乾いてないので、出っ張ってる所をならしてません。)あれは裂け目があれ以上広がる事のないようにする為の補強措置です。
" Farfalla "(チョウチョ、蝶ネクタイ)と呼ばれる古いやり方です。普通は2枚の板を組み継ぎなしで接いだ時の補強に何匹か並べるんですが、個人的に好きな補強の方法なので、1匹付けときました。家具によっては裏からやる場合もありますが、この手のタイプには表に出した方がむしろ、いいように思います。裂け目を塞ぐ方法も、もちろんあります。でも、印象的なパーティナの一つだと思うので、保存することにしました。
前回、写真を撮り忘れて紹介しなかったのですが、ジョイント部を補強していたクギを抜いたあとに打ち直した木製のクギ(ダボ)は、これです。
左が今回使用している、手作りの四角いクギ、クルミで作りました。右が工場生産されている、いわゆるダボ、ブナ製で断面は円です。
当然、当時こんな物は存在しません。これをこのズガベッロ君に使用すると、ものすごい違和感があるんです。不思議なもので、あからさまに拒否するんです。
使い方は、手回しドリルで直径6㎜の穴を開け、そこへ1辺3√2㎜より若干長めの正方形を断面に持つ角柱を作って打ち込むわけです。クギに使う木は、打ち込まれる材よりも堅いものである必要があります。円形の断面を持つ穴に正方形が入るわけですから、クギの周囲には隙間ができます。このアソビのおかげで材が割れたりする事がないのも利点の一つです。
それに何より、見た目に違和感がないのが好ましいです。隙間は入口付近だけ、一番最後に蝋(固形ワックス)で塞げばOKです。
さぁて…この先どうなることやら。
ここから先は Olio(あぶら)をたくさん持ってるものが勝ち、というイタリアの慣用句通りの展開になりそうです。
" C'ho tanta difficoltà..."
「困ったなあ、どーしよう」
" Non te preoccupare, abbiamo l'olio! "
「大丈夫、心配する事ないよ、解決策は何かしらあるもんさ!」
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焚き付け… にもならん。
これを作った人は、家具製作のノウハウを知っている人です。まあ、朝飯前の仕事って感じですけど。その後は、がたが来た所にクギを打ち込むだけの応急処置で、ずっとここまで来てるようです。でも、組継が緩んだ時に打たれたとおぼしきクギは1875年以降のものなので、70年以上はほとんど故障なく機能していたとみていいでしょう。4本の脚は思い思いに曲がっていますが、その曲線分の長さは皆同じである事から、製作当時は真直ぐだったものが、時間と共に曲がったり縮んだりして、接地が悪くなったのでしょう。直線で各脚の高さを測ると最大1.2cmの差があります。
4本のうち、3本がモミ、残りの1本が、何と樺です。1本だけやけに固くて重いので、ほこりを払ってみて判明しました。多分、細い白樺みたいなやつだと思いますが。樺はよく動く材なので湾曲して地面から浮いてしまったんです。1本の脚の下に、ピロリンと出てるべろが見えるでしょ、これが底上げ用の板っ切れ。クギで打ち付けてあります。
このては、うちのパパも使います。ツォッコロ(については以前の記事を見て下さいね、クリックすると飛びます)を履かせて底上げしようと思ったのですが、この脚の一番下には、イカした木目があるー!これを切るのはもったいないので、座面の真下あたりに足りない長さ分を足してやった方がいいかな…
とりあえず、新しいクギは抜いて、ジョイントの弛みの補強は木製のクギ(ダボ)に替えましょう。金属のクギって、
Riversibile(可逆性のある)のように見えて、結局そうでもないんです。錆びて膨れた金属は抜こうったってそう簡単に抜けないし、無理矢理抜けば材は傷になるし…イタリアでだけなのかなあ、工場生産のクギは嫌われ者です。古い、鉄を手で打ち出したタイプ、オリジナルのクギは座面と脚を止めてある4本のみで、これは然るべきやり方で保存しましょう。
結局、ジョイントの部分は材の乾燥や、膠の劣化でいずれは問題が出てくる部分の一つなんです。アタマの折れたクギを抜く際に傷めてしまった部分を含むジョイントの補修はちゃんとやっておいた方がいいでしょう。新しく材を接ぎ木する時は、必ず、めんどくさがらずに、接着剤なしでも引張って抜けないような形に材を加工する、"Tenuta" (抱きしめちゃった)という接ぎ方をするんです。
かわいいでしょっ今回は、蟻継の形でやってます。
うまく接地するように、微調整しながら組み直しをします。制作者の目分量で、脚の開きの角度なんかも決められてるようなので、修復師も目分量でつじつまを合わせるしかないんですねー。これでいいやっ、てところで、隅木を置いてしまいます。オリジナルにはありませんが、これは Riversibile かつ、有効な補足です。膠とネジでくっついています。これに座面も固定するわけです。クギは、まあ、アンティーク的価値のある物なので使いますが、ワックスを塗って下穴を開けた所へ打つ事にしましょう。材を切り裂いて固定する本来の役割よりも少し材に優しい効果で共存してもらう為です。
・・・それにしても、おまえ、きちゃないねぇ…
触ると手が真っ黒になるもの。白いスカートとか、ズボンとかで座ったりしたら…、ちょっとこの油取りましょうよ。
独白…: でも、私は知っている、誰にこの汚れの責任の一端があるかを。たまった汚れを落とさずに、手っ取り早く艶を出そうとしてリンシードオイルを塗りたくった人物Aと、“あ、そんなもん?”とそれを止めるアタマさえなかった人物B…
まさに汚れの油絵の具、しかも未乾燥の。いくら何でも、これじゃあ何の木かすら判んない。さらにクギの打ち所が悪かったらしく、そこから割れた上に反り上がってます。
先ずはこの反りと割れをどう処理するか。反りはあんまりベコベコだと、脚との接合が上手く行きません。実際、上手く行ってなかったのに、クギでメッタ打ちにするもんだから、割れたり、変な反り方をしてるんです。(ミケランジェロの抵抗する奴隷、もしくはラオコーンってかんじ)
ぺたっ
ばんそうこう。
裏からですよ。
・・・・・あ゛、写真がない…。すみません、また明日続きを。
HP・
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